北米釣り紀行(1)

 

Written by leon

珍しくおかしな天気だった。カリフォルニアは日本と違って四季が無い。毎日毎日数ヶ月も良い天気が続き、山が遠く、高い建物が少ないせいで馬鹿みたいに青い大きな空が広がり、半年も住んでいると何か自身の中で人間が変っていくような気さえしてくる。「情緒」に異変をきたすのだ。こんな環境の中で育つと繊細な感情は生まれにくいと思わざるを得ないほどだ。

 

この日は少し違っていた。空は重たくどんよりと沈み込み、以前行った北海道の空に少し似ているような気がした。そろそろ住み慣れてきた、ロスの隣町「トーランス」にある、ワンルームのアパートメントの中で私は釣り支度を終え、会社所有のフォードの小型車へタックルを詰め込み、かねてより計画していた「国境の町での釣り」を実践すべくイグニッションキーを廻した。もうすでに違和感の無くなった左ハンドルに手を伸ばし、ルート5を南下する。目的地はサンディエゴだ。

 

ロス周辺はのっぺりとした海岸線が続き、サーフが多くて、ところどころにあるマリーナ周辺か、切り立った崖を降りてのゴロタ浜の釣りしか出来なかったが、2ヶ月ほど前に現地スタッフと観光で訪れたサンディエゴで、やっと複雑な海岸線を形成している場所を見つけたのだった。

 

大きな入江と小さな入江がいくつも重なって出来ており、深い入江にはショートカットのために最近出来たばかりらしい橋もいくつか架かっていた。事前にインターネットで仕込んだ、目的地までのマップをサイドシートに広げたまま、取り敢えずは2時間半ほどルート5をひた走る。一番広いところでは片側6車線もある。郊外へ出ても4車線のままだ。以外に皆スピードは出さない。時速70マイル(95キロ位)平均の速度で走っている。空模様はともかく、快適なドライブだった。郡が変わり、サンディエゴが近くなってくると、奇妙な道路標識が目に付く。三角で黄色地の注意標識だが、黒で「子供の手を引く婦人」をかたどった絵が描いてある。フリーウエイである。日本で言う高速道路でもある。まったく奇妙な「絵」である。こんなところを人が横断するのか?どうやって?といぶかしむが答えが出るはずも無い。

 

後日わかったことだが、年間数十万人も密入国するメキシコ人が、パトロールの目をのがれてしょっちゅう横断するのだそうな。当然死亡事故が多発する。日本の高速道路の山間部でよく目にする「鹿や狸注意」の標識と同じ事だが相手は人間だ、堪ったものではない。道理で皆ゆっくりと走るはずだ。

 

途中ドライブインに立ち寄りドライブスルーでハンバーガーを注文するが、コレがマイッた。凄いメキシコ訛りで何を言っているのか良くわからない。相手にしてみればこちらは凄いジャパン訛りなのだろうが(笑)

 

会話がすれ違ったまま、その売り子は憮然とした表情で商品を乱暴に渡してくれた。怒ってみても仕方が無い。明けてみると注文したもの以外に何かが入っており、取り出してみるとナチョスだった。マクドナルドで言うと付け合せのポテトと同じか?結局コレ(セットもの)が解らず話がすれ違っていたのだな?と一人ごちて、パクつきながらドライブを再開する。

 

ハンバーガーはなんとも不思議なメキシカンスタイルで、味を表現しようにも適切な言葉が見つからない。辛味だけで味の薄い冷やし中華がパンに挟んである様な、とても2度食おうとは思えない代物だった。ようやくメキシコとの国境の町「サンディエゴ」の市街が見え始めた。ここからルート8に乗り換える。程なくして遠くに海が見え始めた。フリーウエイを降り、一般道に入る。サンディエゴシーパークの看板が見える。映画フリーウイリーで有名になった、タレントアニマルのシャチが住んでいるところだ。「ひとまずはこの先にあるマリーナ周辺を叩いてみよう」と考えながら、スピードが出すぎていることに気付き、ポイントが近くなると気がせくのはどこへ行っても一緒だな、と1人で苦笑してしまった。ロケーションの良さそうな場所を選び、相棒のフォードを観光客用のパーキングへ滑り込ます。

 

とりあえずタックルを持たずに水際まで行って見る。思ったとおりのグッドロケーションだ。湾の奥だが、潮通しが非常に良い。水の色も完全に生きている色だ。ボトムにも岩や藻が点在したり密集したりしている。水深も適度にある。

 

まずは手堅いところでロックフィッシュのチエックだな!と決め込み、フロロの4ポンドラインに2グラムのジグヘッドをセットしたウエダのプロフォーFLSと、ロスのショップで購入したUSA一番人気の「Gルーミス」のベイトロッドに12ポンドラインのテキサスリグをセットしたものを持ち出す。

 

最初に覗いた辺りから、腰の高さほどのチエーンでしつらえたガードレールを乗り越えて、道路より数メートル下まで降りる。水際には人の頭大の岩がごろごろしており、岩質がわからないので滑らないように注意しながら足場を決めた。振り返ってみると道路からはこちらが見えないので、ほぼ意味無くホっとして記念の第一投である。何が居るのか解らないので、とりあえずベイトタックルの方へエコギアのツインテールカーリーグラブをセットし、キャスト。

 

伸びやかに飛んでくれた。タックルの調子はすこぶる良好のようだ。こんなときは釣れそうな予感がする。カウントしながら着底を待つ。結構深い。20カウントほどでボトムへ到達。そろそろと引いてみると、シンカーがゴツゴツとボトムがハードである事を伝えてくれる。と、何かがゴンッと当たってきた。え?いきなり?ファーストキャストなのに?反射的に手がアワセに入ろうとするのをやっとの思いでなだめ、もう一度聞きにいく。ん?こない?もう一度そろそろと引く。ゴンッ!また当たる?咥えてくれない?何度か同じ事を繰り返すがどうも乗ってくれない。コレはリグが合っていないと判断して竿を持ち替える。

 

今度はFLSへスクリューテールをセットした小物用のタックルだ。同じところへキャストしてボトムを取ろうとすると今度はフォール中にいきなり引っ手繰られた!!ウンもスンも無い。向こうアワセで掛かっている!ドラグが出て行く!結構なスピードで走る!あらら、釣れちゃった…。メバルなら軽く尺だなコレは!と比較にならない比較をしながら寄せに掛かる。面白いファイトだった。そんなにトルクは感じない。

そうでかくは無いのにやたら走ってなかなか寄ってはくれない。考えてみればこの感じはサバを掛けたときのようだ。

 

ひとしきり走りまくった後、ようやく疲れたのか足元へ寄ってくる。やはり30cm強の魚体だ。しかし、コレは何だ?薄いベージュ地にオレンジっぽい斑点があり、一見細いアコウのような魚だった。見ている場合出じゃない、早く揚げなければ。ズリ上げてすばやくナイフで締め観察する。綺麗な魚である。アイナメとバスとアコウをあわせたような今まで見た事の無い魚だった。

 

ここまできてふと頭をかすめた事がある。ソレはレギュレーションの問題である。日本と違ってかなり厳しい。ヒラメで言うと、55cm以下はリリースせねばならない。ほとんど全ての魚種にサイズの制限があり、違反を犯すとかなりのペナルティを科せられる。この魚は大丈夫だろうか?いや、こんなルアーターゲットのような魚は厳しいはずだ。30cmそこらじゃあ制限以下である可能性が高い。締めるのではなかった。仕方が無いのでビニール袋へ入れて車へ取って返し、ビールを入れていたクーラーの奥へしまったが、この判断は後に功を奏した。

 

この後とんでもない事態に追い込まれてしまうのだ。そのいきさつは後で説明する事にしよう。 多少急ぎ足で(笑)ポイントへ戻り、再度キャストする。間髪いれずにヒット!どうやら浮いているようだ。先程より小型だ。リリースする。この後も次から次にヒットする。ほとんどが30cm前後!面白くって仕方が無い。夢中になってその一帯を2時間ほど釣り、何匹釣ったのかも覚えていないほど興奮して釣りまくった。全て同じ魚種である。さすがに満足して次なる場所を開拓する為に移動を懸ける。

 

今度は湾の入り口付近を攻めてみよう。「フラットフィッシュ(ヒラメ)のキープサイズが出るかもしれない」と期待を掛けて入江の外側を車で探索していると、小さな川の流れ込みがある場所が見つかった。「ここだここ!こう言うところはベイトが群れる。ソレを狙ってイーターも来るはず」と読んでベイトタックルにビーフリーズを結びキャストを開始する。20分ほど一帯を探るが音なし。また車で移動を懸ける。

 

程なくして今度は外海と半ば隔離されているようなプール状の入江にぶつかった。外海との境目の細くくびれたところへ橋が架かっている。上から覗くと案の定潮が出たり入ったりしている。水深もある。早速降りて見ると先客がいた。白人がハードルアーをキャストしている。なるほど!睨んだとおりココは何か大物が釣れるな!?とほくそえんでタックルを提げて、まずは情報収集とばかりに彼へ近づき戦況を聞く。「どう?」と問うと、肩をすくめて「ノー!ノーフィッシュ」と言う。狙いを聞くとやはりヒラメ狙いだった。彼は「ハリバット」と呼んでいたが…。多分、アラスカ辺りのハリバット(オヒョウ)とは違う「日本のヒラメ」に近い種類と思われるが、彼らの魚種名はいいかげんで、ロックフィッシュはどれでも「コッド」と言うし、平たければ何でもハリバットと呼んでいるのだろう。

 

事のついでに先ほど私が釣った魚を説明し、魚種を問うと、即座に「それはキャリコバスだ」と言う答えが帰ってきた。レギュレーションを聞くとやはり50cmくらいが制限だった。「さっき殺しちまったので、クーラーへキープしてある」と言うと「見つかったら大変だから車から出すな」と親切に教えてくれ、色々とポイントも教えてくれた。彼がキャストしている場所は小場所で二人は無理だから、もっと先に大場所があるのでソコでやるように指示され、郷に入らばと言う事でその場所へ向かう。悲劇はココで起こった。素晴らしいロケーションのいかにもヒラメポイントと呼べるようなところだった。

 

今日は結構満足した事だし、この場所でとことん大物を粘ってみる事にし、20ポンドラインを巻いてあるリールに取り替えて再開した。ところが十数投もした頃、沖合いから一艇のボートが近づいてくるのが見え、なんで?といぶかしんだ。なぜなら桟橋も何も無い場所で、船が来る理由が見当たらないからだ。

ボートはドンドン近づいてきて目の前までくると操船していた人物が立ち上がり

「ライセンスは持っているか?」と詰問してきた。当然、全カリフォルニア州の海水淡水全域で通用する、1年間のライセンスを購入していたので「あるよ!」と答えると「見せろ!」と言うから首にぶら下げたライセンスを掲げると彼は「チョッと待て!」と私に指示し、船を安全なサーフ側にのし上げてこちらへ向かって来る。なんとチエックが厳しいなと待っていると、近くで見るその人物はやはり明らかな警官の制服を着用していた。ライセンスを首から外し彼に手渡す。彼は私がどこに住んでいるかを問う。住所やアパートメントを告げる。

すると「旅行者なのか?」と聞く。いいや、仕事できているんだと答えると、パスポートを見せろと言う。素直にパスポートを見せると「住所は日本だろう?」と聞く。当然そうだよと言うと「このライセンスは使えない」と言い始めた。なぜ?と聞くとライセンスの一部分を指差し「resident 」と書いてある部分を示す。

 

うろ覚えでもレジデントが居住に関する単語だと言うのはわかるが、ソレの何がいけないのか理解が出来なかった。早口で何かを言い始めたが、私にはかなり難しい英語でよく聞き取れない。時折「フェイク」と言う言葉が聞き取れ、あわてて「いや、偽物じゃあないよ!ちゃんとロスのキングピアと言う桟橋にある、フィッシングセンターで購入したのだから!」と説明するが、いいや、コレは偽物だといって聞いてくれず、違反だから!と言ってなにやら反則切符のようなものを取り出して書き始める。私の英語力じゃあ埒があかないので、現地のスタッフに助けを求めるべく携帯電話であちこち電話するが、こう言うときに限って誰も出てくれない。彼はさっさとチケットを切り終え、説明を始める。必死に聞いていると「来週裁判するからサンディエゴの裁判所へ出頭するように」と冷たく言い放つではないか!ガ~ン!などというものではない!頭はほぼ真っ白である。訳がわからない。

 

警官はライセンスを没収し、私の写真を取り、パスポートナンバーを控え、身分証明書(運転免許証)も控え、ついでに「何か釣れたか?」と聞く。ココは即座に「釣ろうと思ってたところへあんたが来たのだから釣れる訳が無い」と答えたが、たくさん釣れたキャリコバスの幼魚を入れたクーラーボックスなぞ傍においていたらどうなっていたのだろうか?リリースしておいて良かったし、死なせた奴をクーラーの中のビールの下へ入れておいたのが良かった!なぜなら彼は「車を見せろ!」と車までついて来て、クーラーまで覗いたのだから、冷や汗ものだった。もう釣りどころではない。トーランスへすっ飛んで帰り、現地スタッフ(わが社の秘書)の家へ駆け込み、一部始終を告げる。秘書氏はサンディエゴの管轄署へすぐ電話をし、件の警官へたどり着き、電話にて説明を求めてくれた。

 

内容はこうだった。まず、警官は私をメキシカンと思ったらしい。メキシカンはよくノーライセンスで密漁をするのだそうな!また、偽物ライセンスも横行するのだそうな!考えてみれば私は釣り焼けで手も顔も真っ黒で、しかも私のひいじいさんはスペイン系らしくて、で、当然私も率は低くても混血のようなバタ臭い顔をしているし、おまけに日焼け用に土産物屋で買った、ストローハット(現地風)をかぶっていて…。さらに問題はフィッシングライセンスには「居住者用」と「非居住者用」の2種類があり、私が持っていたのは居住者用のライセンスだった。

旅行者や商用で来ている程度では当然非居住者になるどこかで間違っている。「パスポートで日本人と解り、運転免許証も本物だが、やはりなにやら怪しい。」

 

とまあ、こんな話だった。ひどい話である。ライセンスを購入する際に、私の語学力不足で間違って購入していたのだ。ショップの若者に「現住所は広島だ!知ってる?ほら、アトミックボンブ!原爆!」とまで話して説明したのに…、

あの、小僧め!(笑)結局、正規のライセンスを即購入して、コピーをファックスする事で決着したのだが、秘書の話によると、コレくらいで勘弁してもらえたのは不幸中の幸いだったそうな!朝早く出掛けたのと、陽が長いせいで、警官に呼び止められたのはまだ午前中だったし、一件落着した時間はまだ日暮れ前だった。太平洋が一望できる小高い閑静な住宅地にある秘書の家でコーヒーをよばれながらホッと一息ついて空を見上げると、何時の間にかすっかり晴れ渡っていつものカリフォルニアンブルーに戻っている。ばかばかしいくらい、広くてすっきりと冴えた空である。太平洋にもうすぐ沈むであろう太陽が空を焦がして、水平線近くを茜色にしている。一方の空の端は訪れる夜を反映させて濃紺になりかけ見事なグラディエーションを見せていた。

 

明日は日曜日だ   くじけてなるか   またあの場所へ行ってやる

 

1998年6月トーランスにて

 

Written by leon